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百年企業物語

合名会社 新里酒造

創業168年、弘化3年(1846年)から事業を営む。現存する県内最古の蔵元として泡盛づくりを行う、合名会社 新里酒造を尋ね、6代目である新里修一氏に酒造りへの思いについて伺いました。

創業から現在のうるま市に至るまで

創業は那覇市首里に始まり、大正13年から若狭へと移転し、昭和28年より牧志へ移る。5代目にあたる新里肇三(父)によって、沖縄市に本社を移し、平成18年にはうるま市州崎へ新工場を移転しました。
県内外へ大々的に事業を展開し、これだけの事を成し遂げてきた先代の活動は商業人として偉業を成し遂げたと実感します。

新里社長が酒造に携わったのはいつごろでしょうか

当時は祖母と母が酒造所を営み、父は書店を経営しておりましたが、次男である父が家業を継ぐこととなり、書店を閉め酒造所の経営に関わるようになりました。
そのころ私は小学生で父の軽トラックに乗り、料亭などから空の酒ビンの回収を行い、洗浄をする毎日でした。
当時の酒造所の業は今で言う3Kにあたり、その頃の記憶から家業は継ぎたくないとの思い、本土の大学へ通い、そのまま日本酒などの鑑定を行う国税局鑑定官として14年間勤めました。
そういったなか平成元年ごろ沖縄担当として戻ってきた頃に、父より事業承継の話があり、国税事務署を退職し、酒造りの事業に取り組み始めました。
国税の鑑定官の経験もあり、平成元年に「泡なし酵母の開発」に成功したことで、酒造への取組もスムーズにとりかかれました。
もともと大学も醸造学科を父より勧められて進学したことからすると、父の事業承継へのシナリオが本土の大学へ行く頃から始まっていたのだと思います。

これからの会社の進むべき目標は

泡盛が全国の若い人にも受け入れていただけるように珈琲泡盛やシークヮーサー梅酒などのリキュール等の新商品開発や古酒の良さを本土市場へ伝えていけるように、その普及に努めていく方針で、多くの人が泡盛を知るきっかけをつくりたいと思います。
また、中国への展開も見据え、手始めに台湾、香港 への海外輸出も行っている。「和醸良酒」をモットーにこれからも人の和、チームワークを大切に、泡盛作りを続けていきます。

泡盛の麹について語る新里社長
新商品の泡盛「島旨」(しまうま)
名前の由来は「島の酒が旨い」
名前にあわせて、ゼブラ柄のラベルにシマウマのイラスト。
1,000本に1本、シマウマがニンジンをくわえたラベルがあります。
ぜひ、お店で探してみてください。

沖縄県商工会連合会
スーパーバイザー中部分室 呉屋正幸


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